サルベージNo.2

更新が空いたが、まだだ!まだ戦える!ここ最近は音楽の更新をダーっとしてきた訳だけれど、そういえば昔書いた文章に、その更に昔の音楽体験話を書いたモノがあって、戯れにそいつを再掲してみようと思う。従って今日は改行ありで。チト長いけどご勘弁を。

2002年7月12日(金)芽瑠璃堂のこと。

1980年代後半、2年目の大学受験浪人に突入した僕は、勉強そっちのけで黒人音楽、それも戦前ブルースにハマっていた。今思えば親の庇護の下2年も浪人生活をさせてもらい、何不自由なく暮らしている身の上でブルースもへったくれもあったものじゃないとは思うのだが、当時はかなり真剣に傾倒していたように思う。きっかけは正確に覚えてはいないが、恐らく好きなロックのアーティストが、

マディ・ウォーターズは最高だぜ。」

などとインタビューで発言していたとかそんな単純な理由が入り口だったように思う。当然ながら、流行歌やせいぜいチョロっとロックを聴いていた程度の耳に、雑音混じりの録音で、ギター弾き語りの黒人のしぼり出すうめきのような歌など、初めのうちはちっとも良さが解らなかった。正直に言えばむしろ後付けで読んだ書籍に出てくるブルースマンの破天荒なスタイルに憧れ、そんなものに思いを馳せながらCDを聴いているうちに、次第にブルースそのものを好きになっていったというところであり、6畳の自分の部屋でCDラジカセからブルースを流し、

「こいつきっと台所で女とヤってる最中、後ろから別の女に刺されて死んだとかだろうなぁ。」

とか下らない妄想をしたものである。頭の具合がよろしくないのは今に始まったことではない。

当時、戦前ブルースの再発はドイツやオランダなど欧州で盛んで、輸入レコード店でもなかなか取り扱いがないのが実情だった。そんな折、本や雑誌に頻繁に広告を出している「芽瑠璃堂」というレコード屋を発見した。黒人音楽専門店だという。そんなレコード屋は他にもきっとあったのかもしれないが、頻繁に広告を目にするのはこの芽瑠璃堂だけだったように記憶している。広告が個性的で記憶に強く残っただけかもしれない。何れにせよ渋谷と吉祥寺に店を構えるこのレコード屋の、人が2人通れるかどうかと言うほどの狭いスペースで営業していた吉祥寺店に足しげく通うようになるのに時間はかからなかった。音源に対してだけは見せるフットワークの良さもまた今に始まったことではない。

後から知ったことだが、ここの店員さんは皆海千山千の黒人音楽マニアで、客に対しても結構厳しい人が多かったらしいのだが、当時吉祥寺店の店長だったと思しき方は、思い出すと顔から火が出る位恥ずかしい話だが、昨日今日、本を読んだのがミエミエ程度の理論武装で生意気にブルースについてあれこれ言っていたであろうろう僕に、とても親切にアーティストや入荷情報などいろいろなことを教えてくれたように思う。黒人音楽を好きになろうとしている小僧に厳しくして、音楽そのものを嫌いになるようなことがあったら忍びないという慈悲にも似た感覚だったのかもしれない。メンフィスジャグバンドやキャノンズジャグストンパーズ、ブラインドレモンジェファーソンやスリーピージョンエステスなんていう素敵な音に出会えたのもこの店のおかげだった。

晩年恐らく経営がひっ迫してか、吉祥寺店をたたんだ時も店長さんは、

「渋谷でまた会おうね。」

とやさしく声をかけてくれた。そしてなんとなく渋谷には一度も足を運ぶことなく、程なく芽瑠璃堂も潰れてしまったのだが、確か潰れた直後くらいに渋谷店の跡地に行ったときはビルそのものも差し押さえられており、ものすごく雑然とした雑居ビルが嫌に切なく、一度も足を運ばなかったことを酷く後悔したのを憶えている。そして僕がソウルだファンクだと聴き出すようになるのはずっと後年で、出来れば今色々と話をしてみたかったと思わないでもないが、それも又叶わない願いである。

そんな店長さんに言われたことで一つだけまだ手を付けていないことがある。彼は良くこう言っていた。

「ゴスペルを聴くといいよ。ゴスペルは奥が深くてすごいから。」

僕は確か、

「宗教音楽はどうも得意じゃなくて。」

程度のことを言ってお茶を濁し、なんとなくその時はその内歳を食ったころにでも聴いてみようかな程度に思った。恐らく当時の店長さんと今の僕は同世代くらいだと思う。そろそろゴスペルなんかをじっくり聴いてみるのも悪くないな、と最近考えている。


以上、8年前に書いた当時の12〜3年位前の話。足すと何年だそれ。ちなみにその後、当時の店長は恐らく大場さんというお名前の方だという事をネットのどこだかの文章で知った。芽瑠璃堂自体も、現在はインターネット通販のショップとして復活しており、既に5周年になるという。僕は未だにゴスペルはちゃんと聴いてはいないけれど、ソウルだファンクだは細々とではあるが聴き続けている。世の中は色々ですな、というお話。