サルベージ No1

更新が一日空いてしまった上に、書くことがまるで思いつかないのでここで切り札。過去の記事のサルベージ。ちなみにこの切り札。多分あと2枚くらいしかないから、もし次に使ったらこのサイトの閉鎖が近いと考えていただいてほぼ間違いではない。しかしもうあれから4年になるのかい。あと流石に今日は改行することにする。

2004年7月18日(日)あの夏、九十九里にて(親愛なるQに捧ぐ)

いつの事だったか。もう10年近く前だと思うけれど、ピアノ弾きのQさんと数人で連れ立って九十九里まで海水浴に行った時の話。

僕らは日々狭い防音室に篭ってシコシコと楽器を練習するような人間ばかりだったので、ビーチを闊歩する若者と比べて明らかに異質で、押しなべて生白く、運動不足がいやというほど明確になる体つきだった。

筋骨隆々のライフセーバーのお兄ちゃんや日焼けが眩しいお姉ちゃんを見るに付け、

「嗚呼。これは一夏の甘酸っぱい思い出なんて望むだけ無駄だな。」

とうつむいたものだ。

ところがQさんだけは違った。運動不足は補えていないものの、そのビーチの誰よりも体が黒かった。聞けばその夏それまでに必死に焼いたという。

その日も彼はビーチに出るや、海には目もくれず、SPF値のもっとも低い良く焼けるサンオイルを黙々と自分の体に塗り始めた。

その姿になにか鬼気迫るようなものを感じた僕は、

「Qさん。そんなに急激に焼いたら体に悪いと思うよ。去年までそんな焼いてなかったんだし。」

彼は僕の言葉に答えることもせず、黙々とサンオイルを塗り続ける。タバコを吸いながら何となくその姿をぼんやり眺めていると、彼はボソっとこう言った。

「黒人になりてえんだわ。」

聞き間違いではない。確かにそう言った。

ジャズの創造者であるアフロアメリカンのそのさらにルーツであるアフリカ人が、太古から赤道直下の太陽熱にさらされて、その皮膚を守るため自らの肌を黒くしていったなどという誰でも思いつきそうなヒトの進化論が正しいのか正しくないのかは知らない。

そして比べるべくもないが、事実としてマイケルジャクソンは白人になりたがり、Qさんは黒人になりたがった。

そもそもその言動が不謹慎かどうかは別としても、これだけは言って置きたい。日サロ通いでありえない程の黒さをかもし出し、死んだ目で渋谷を行き交う女子高生達のその目と、彼のあの時の目を比べたとき、彼のそれはひたすら真っ直ぐで真剣であった、と。

あの時はただただ滑稽で爆笑した。彼も静かに笑っていたと思う。

もう何年も会っていないが、きっと今日もどこかのライブハウスかバーのラウンジでか、彼はピアノを弾いているだろう。あの夏の九十九里、まだ憶えているだろうか。残念ながら甘酸っぱくはないけれど、僕にはなんとなく忘れられない夏の思い出である。


以上。ちなみにQさんはあれから結婚して、でもまだピアノで食うべく頑張ってる。スゲエ人だなと思っている。